一億総脱サラ

という名の雑記ブログ

母の命日

もうすぐ母の命日です。

あれから30年。

何もできなかった15歳の少年は、既にあなたの年齢を超えました。

あなたが思っていたような大人ではないかもしれません。

もっと優しく、もっと清らかに育てたかったのだろうと思います。

反抗期の真っただ中に居なくなったあなた。

それからは落ちていく一方の人生でしたよ。

そんな15歳だった少年にも家族ができました。

子供2人は当時の少年の歳をとっくに超えました。

一人で生きてきたつもりだったけど

一人だった時間なんて少しだったなと感じます。
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冬に差し掛かるこの季節の空気を感じると

ふと、あの頃を思い出します。

帰る場所もなく、泣きながら夜通し歩いたこと。

もっと親父に向き合ってほしかったこと。

そうゆう思いは子供達にはさせないと思ってやってきたけど

あまり良い父親にはなれなかった気がする。

親父の嫌いだったところはソックリで、

親父の持ってるものは何も持ってない。

嫁に言われる言葉は、生前あなたが親父に言ってたことと同じ。

言い合いになると、当時親父が言ってたことを言っている自分がいる。

15年間、その家族しか知らなかったからさ

他の方法が見つからなかったんだよね。

どうしていいのか分からないのを教えてくれたのは

他でもない子供たちでした。

夫婦仲が悪くなると、何故か問題を起こす娘。

最初は2歳の時でした。

少しの間別居してた時、夜中に救急車で運ばれました。

幸いなんともなかったですが、家に帰ることに決めました。

最近ではほんの数年前、娘が高校生のとき

学校から呼び出されました。

たまたま嫁が迎えに行けなくて、たまたま私が仕事の空き時間でした。

その帰り道、車の中で娘が泣いてました。

小さい頃から気が強い娘で、反抗期真っ盛りで私とは口も聞いてくれない時期でした。

もしかしたら、その時初めて娘と向き合えたのかもしれません。


当時、15歳の少年に向き合ってくれなかった親父。

今でも向き合ってほしかったと思ってる。

親父は口癖のように

おまえも親になったら分かるって言ってたけど、

子供達が成人しても言ってる意味は分からず仕舞いでしたよ。

理解できなかったと悟ってから、ここ数年は親父に会ってません。

あなたが生きていたら何と言いますか?

そうじゃないと言うのでしょうか?

それでいいと言うのでしょうか?

いつまで経っても答えは出ませんが、今年の年末は親父に会おうと思います。


今、私には大切な家族がいます。

ようやく、幸せとは何かが分かってきた気がします。


母さん、あなたは幸せだったのでしょうか?

この答えも聞くことはできませんが、

私の幸せを望んでくれていたことは間違いなかったと確信してます。


当時、何も伝えれなかったけど

あなたの子供として産まれて良かったです。


母さん、ありがとう。